大切なのは、バイアス評価

「君の立場なら、そう言うに決まってるよね」
これは僕の口癖の一つであるが、
仕組み・システムを作るときに大切なのが、「正当なバイアスの評価」であると思う。
世の中には正しいシステム、正解など存在しない。
システムを作るとき、僕が考えるのはストレスを受ける主体と、そのストレスの多寡である。
どのようなシステムでも、ストレスを受ける主体が存在する。必ず。
例えば、独裁から共和へと革命が起こると、ストレス主体が平民→金持ちに交代し、
王政への揺り戻しに力がかかる。王政が復活すると、金持ち→平民へとストレス主体が交代する。
そして、この平民のストレスの蓄積がある1点を超えると、また革命が起こる。
歴史の蓄積・経験値によって、革命の方法や用いられるツールは変われど、
人間の本質は紀元前から何も変わらないため、基本的にはこの繰り返しである。
いつか、誰かのストレスが限界を迎えるのである。
商売では、「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の「三方良し」という言葉があるが、
これも「ストレス主体の受けるストレスが、その瞬間は気づかないほどに小さい」
だけであり、時代の流れの中でこのストレスは次第に目視できるようになる。
つまりシステムを評価するとき、いずれ必ず崩壊する前提で、評価軸としてあるのは、
「誰かが受けるストレスが、せめて小さいこと」
なのである。
これはつまり比較的長続きするという結果を得ることとも言える。
古代ローマや漢など、歴史上、巧みなピボットでストレスコントロールを試みて長続きをさせたシステム(帝国)
はある。(いずれも最後は崩壊だが)
長続きする、誰かが受けるストレスを最小化するために必要なものとして
一つクリティカルなものが「バイアス評価」だと感じる。
寄稿している㈱Giftedのブログでも記載しているが、http://gifted-inc.jp/blog/robot/
例えば共和と独裁、例えば性善と性悪、例えばコスモポリタニズムとナショナリズム、
例えば精神論と科学化。
やはり、正解という概念はない。
あるのは、ストレス主体と、そのストレスの多寡のみである。
今の世の中のストレス構造がどうで、どういうバイアスがかかっているのか。
これを把握した上でないと、システム構築における最良の着地点を導くことは困難である。
例えば脱精神論を唱えたり、今流行の、LGBTに理解を!というのはリスクがなく、
誰でもすぐに言えるし、言えば気持ちよくもなれるであろう。
しかし、例えば、
精神論を反対する人間の行動・主張に、どれくらい「弱さ」「怠惰」のバイアスが混じってかかっているのか、
LGBTの行動・主張にどれくらい「マイノリティが故の驕り」のバイアスが混じってかかっているのか
これらを把握した上での着地点決定→システム構築をしていかない限りは、上手くいかないし、
この把握なしで構築されたシステムは、ストレスコントロールが上手く行かず、
早期に崩壊してしまうであろう。
それは別に0%でも50%でも良く、(上記バイアスが確実にあるとも現状思っていない)
とにかく「MECEに、場にかかっているバイアスを正確に評価すること」に尽き、
これがせめて、システムの寿命を延ばすのである。