@haemorikikakuさんのツイート
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世の中は平等

最近、何かに腹を立てるということがあまりなくなった。

強いて言うならば、情熱を重んじる相手に対して、執着心を見せなければ情熱が相手に伝わらないために、腹を立てるフリをするくらいだ。

 

何故、腹を立てることがなくなったのだろう?

おそらく、以前にも増して、世の中は平等であると思うようになったからだ。

トレードオフ、という摂理をパーフェクトに受け入れているからだ。

 

因果応報、といっても良い。

 

因果応報といえば、古代インドが思い起こされる。

インドは、皆平等、の仏教の発祥の地であるにも関わらず、ヒンドゥー教の発展にシェアを奪われた。

理由はいくつかあるが、仏教との相対的な話で言うと、彼らにとってはカースト制で有名なヒンドゥー教も、すこぶる平等なシステムであったことが大きい。

 

「一即多、多即一」

今、君が奴隷なのは、前世の行いが悪かったからである。自分も今は知識人階級であるが、下手をすれば来世は奴隷だ。ほらね、世の中は平等だ。

 

輪廻転生という概念が前提にはなるが、

このように考えれば、カースト制はとっても彼らにとってはフェアなシステムだったのである。

 

今のシニカルな日本人が見たら、これは屁理屈に映るだろうか?

しかし、これは、永く国の根幹として機能した考え方だ。

歴史は、何人にも否定することはできないのである。

 

 

さて、輪廻転生までいかなくとも、少し視野、視座を広げれば、

永い目で見れば、簡単に人を腹立たせる能力値の人間は、いずれ、その人生においてそれにふさわしいリターンを受けるし、あるいは、ケースによっては自分が与えるリターンを決定することもできる。

 

トレードオフ。

 

僕たちは1秒ごとに何かを得て、1秒ごとに何かを捨てている。

一時、いいとこどりをしたように見えても、やはり1秒ごとに何かを捨てている。

 

 

だから、腹を立てることはない。

 

 

世の中はすこぶる平等だ。