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ニンジンとカレーと、教育

私には食べ物の好き嫌いがない。
なぜかと考えると、それぞれの食材が、良い記憶と結びついているからだという結論に至る。

ニンジンは小さく切ってカレーに入っていた。
トマトはカプレーゼにすると美味しい
ピーマンは肉詰めとかチンジャオロースー
しいたけはすき焼きに
グリーンピースはピラフの中に入っていたので、

美味しかったというポジティブな記憶が、それを好物であると私に認識させている。母よ、ありがとう。


教育はこれに似ている。
教育とは、究極、「それを好きになってもらうこと」なのである。

こんなことがあった。

Aという業務が得意なパートナーが、Bという業務も今後を考えて勉強したい、やりたいという申し出があったとき、
私は「意欲があるのは手放しで良いこと!」と、B業務が得意な弊社スタッフをつけて比較的難易度の低いプロジェクトにアサインした。

しかしながら、慣れない仕事ゆえ、ミスを出してしまいお客様からのご指摘を経て、「やっぱりB業務はやめて、得意なA業務に専念します」。
こうなると、非常に残念である。言うなれば彼は、ニンジンを不味いと思ってしまったのである。
きっともう苦手意識のあるニンジンを食べようとはしないのだろう。


ここでまさに教育者の腕の見せどころである。
「まあ、得意なことだけやればいいんじゃないですか?」それはまったくそのとおり。
だが、私はスタッフにこう話した。

・・・・・・

「でも、本人はやりたがってたじゃんね。もしかしたら我々が、彼に「B業務楽しい!」と言ってもらえる未来が用意できたかもしれない、というか、用意できると思うんだよね。
どっちの未来にトライするかという、これは我々の問題」

続けてこう話す。

「ニンジンあるじゃん。子どもの頃食べれた?カレーに小さめに切って入れたら食べてくれるのかな・・とか、ミキサーにかけてジュースにしたら飲んでくれるのかな・・とかさ。
相手にあれやこれやと思いを馳せないとできないこと。「相手に思いを馳せる」ってことが教育のコツなんだよ。」


「その子はいつかどこかでこう話すかもしれない。

A. あー私ニンジンちょっと苦手です!(あれ不味かったなあ・・)
B. 私ニンジン大好きです!(私にはニンジンをカレーに入れて食べさせてくれた人がいた!〇〇さんありがとう!)

その子の人生は続いていくから、Bの方が絶対いいじゃんね。

そして、そういう記憶が人を豊かに強くするから、

いつも誰かにとっての、『ニンジンをカレーに入れて食べさせてくれた人』になってほしいな」

・・・・・・

もちろん適性という言葉はあるが、私に言わせれば、別にオリンピックの選手になれと言っているわけではない。
クライアントの期待値を超える能力水準くらいは、努力次第で問題なく到達できるのである。(もちろんカテゴリーによるが・・)
そして、一度ポジティブな記憶があって好きになれば、勝手に走るだろうから、あとは「時間の問題」にできるのである。



直近、私もWEBディレクターを育成していた。
教育開始当初は「私には無理だ」とよく口にしていたが、半年もして、一定以上の期間と知識の習得を経ると、「教わったことを活かして頑張る!」とたびたび口にしてくれるようになった。
とても嬉しかった。

この水準までいくには、クリティカルな失敗体験を踏ませないように伴走し、全力で守り、かばうこと、そして、コツコツと小さな成功体験を丁寧に積んでもらうことが大事である。

成功体験はクライアントワークに限らない。日常の教育者とのコミュニケーションのなかにこそ潜んでいる。

・どんな小さなことにも共感する(認めてくれた!)
・どんな小さなことでも褒めて褒めて、褒めまくる(褒めてくれた!)
・どんな小さなことでもありがとうと言う(労ってくれた!)
etc


ある水準までは、気持ちが折れないように慎重にケアする、その後は自走してくれるようになる。

その子の人生は続いていくから、自分と離れたあとのことを考えると、やはり教育は「習得させること」のみならず、「好きになってもらうこと」を目標としなければならないのである。

「好きこそものの上手なれ」の成長曲線に乗せることがもっともベターだからだ。


そのためには、教育する側も楽しむことが大事である。


常に
「カレーに入れたら美味しいって言ってくれるかな・・?」
「ジュースにしたら飲んでくれるのかな・・?」
「どうしたら笑顔になるかな・・?」

きっとポジティブな想いは相手の力になると信じるのである。


そして、あれやこれやと相手に「思いを馳せる」ことを楽しみたいと思う。